631の一行目に感動しつつ
「今が一番いいって思い始めたらおばちゃんの入り口だ」って言われたの思い出した。
いや、悪い意味じゃなくて(笑)
「自分と世界を否定するのが少女」で、
「人から求められることを求めるのが女」。
「おばちゃんはもうそんなことしなくていいし、好きなヒョウ柄を人目気にせず着るのよ」
って70後半のおばあちゃんに言われて感動した"
— 30代~60代の同人事情31 (via eternityscape)
(pakukupaから)
— 30代~60代の同人事情31 (via eternityscape)
(pakukupaから)
この評論が指摘する通り、日本の恋愛小説は大量の「女の子」を作中で殺してきた。それも男女の一線を越えた途端、健康で美しいヒロインを脈絡もなく。
その理由を明らかにするべく、用意された作品の系譜は1960年代の柴田翔→70年代の庄司薫→80年代の村上春樹。もう一本はヘッセ→サリンジャー→庄司→村上。周辺には川端康成から氷室冴子まで等価に配され、「女の子殺し」にまつわる類似点や関連が、じつに細やかに考察されていく。「幼なじみ」「逃走」などの共通項から読み解けば、たしかに女の子が死なねばならない運命も見えてくる。そして彼女らはなぜか「落下」する存在でもあり続けた。
"— 『女の子を殺さないために』 川田宇一郎著 : 書評 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) (via bgnori)
(k32ruから)